kanaと私の役割。
昨夜は何だか何度も目が覚めてしまいました。
kanaも同じように起きていたようで、
オムツを替え、体位交換をして、
しばらくひそひそとpapaを起こさないようにしゃべっていました。
そんなことをしていたら、
朝しっかり目が覚めたのは、びっくりする時間。
papaがゴソゴソ、ガタガタとまた掃除をする音で起きました。
そういうことには気が向いても、
kanaのミルクをあげようということには気が向かないんですね。
それが不思議でなりません。

kanaは昼に37.7℃と少々熱が上がり、肩が大きく揺れていました。
夕方一旦は37度くらいに下がったものの今度はゴロゴロ音が大きく聞こえます。
お風呂は止めて、横向きにして様子を見ました。
寝ているときにはゴロゴロも聞こえず、静かな寝息。
起きている時との差にびっくりします。
そのほか無呼吸が2回。
ミルクの消化はまずまずでした。

昼に、病院友だちからメールをもらいました。
迷ったけどお知らせします…とあり、悲しいお知らせが書かれていました。
先日の検査入院時に同室だった赤ちゃんが亡くなったというものでした。
その赤ちゃんはICUにいたので、お顔は見ていません。
ひらがなのかわいい名前しか知りません。
kanaが入院して最初の2日間だけ、そのママとお話しました。

入院最初の日、私がベッドで大荷物を解きガタガタやっていると
お母さんが一人部屋に入って来ました。
今までの経験上、
荷物のないネームプレートだけのベッドはICUの子のベッドだということがわかります。
そのお母さんは家から持ってきたお弁当を食べはじめました。
私はそのお母さんの背中を見ながら荷物を整理し、
時々来る先生や看護師さんの対応に忙しくしていました。

お弁当を食べ終わったであろうお母さんは、再びどこかへ出かける風。
私はまた現れた誰かとの話しを終え、荷物をいじりだしました。
ふと、視線を感じて顔を上げるとそのお母さんが立っていました。
「こんにちは、よろしく」と挨拶をすると、
そのお母さんは堰を切ったように自分の話しをはじめました。
赤ちゃんがICUにいること、まだ病名がわかって間もないこと。
移植をしようと他院に行ったが状態が悪くなってまた戻って来た事。
家が少し遠いこと。
状態が良くないので、ICUの決まりの面会時間以外もずっと付いていること。
でも、悪いながらも少し安定しているみたいだということ。
1年生になったばかりの一番上のお姉ちゃんのことがとても気になること。

それらを聞きながら、私も時々話しました。
kanaが以前ICUにお世話になったときに感じたことや主治医のこと、
病棟との違いについてなどを。
お母さんはまたICUに行くようで、慌しく話しをしてお別れしました。
夜は家に帰るのだそうです。

次の日、同じように昼過ぎにお弁当を持ってお母さんが現れました。
お弁当を食べ終わると、また声をかけてくれました。
「もう会えないかもしれない」と言います。
どういうことかと思ったら、家に残してきた1年生のお姉ちゃんが気がかりで、
病院にいる時間を短くし、学校が終る頃には家にいてあげたいんだとか。
だから病棟に寄れず、もう会えないかもしれないという事でした。
でも、ICUからは病棟に出るかもしれないという話も出ているとの事。
状態は?と聞くと、以前変わらず、悪いながらも安定…らしい。
ICUで頑張っている末っ子のことももちろん心配。
でもお姉ちゃんも心配。
お母さんが決めたことだからいいと思うよと私は言いました。

でも正直どういっていいのか迷いました。
ICUから病棟に出る時には、状態がよくなったから出る場合と、もう一つ、
回復が見込めないから出る場合もあると聞いたことがあります。
私は「ICUから出るかもしれない」とお母さんから聞いた時、先を想像しました。
でも話の流れから違うかも…と思いました。
迷ったけど、そのことをお母さんに話しました。
「出れるのね」と笑顔で言った私の安易な言葉に、期待を持たせてはいけないと感じたから。
でも言ってよかったのか…。
お母さんは冷静に聞いてくれて、先生に聞いてみると。
それから姉のことをしてあげたいことも話しをして、
可能な限りICUで診てもらいたいと伝えると言っていました。

次の日から、お母さんとは話す機会がありませんでした。
お顔を見かけても、看護師さんと話していたり、私が先生と話している最中だったり…。
気になっていましたが、退院しますも言えずに帰って来ました。
あれから1週間。
昨夜亡くなったんだそうです。

私はあの病室で、あのお母さんに出会った時、
今回の入院で私はあのお母さんに出会う必然があったんだなと思いました。
何かを私があのお母さんにするのか、または、逆にしてもらうのかわからないけれど
何かの役割があって、あのお母さんに出会うんだろうな…と思いました。
話しを聞くことがその役割だったのか、
私に会うことであのお母さんに何か影響を与えることがあったのか。
何だかはわかりません。
でも、何かはあったと思います。
たぶん、私には忘れられないお母さんの一人になると思います。

こういうこと、よくあるなぁ。
kanaが入院した時に出会う人に、
私は何か役割を与えられて出会うべくして出会っているんじゃないかと思います。
人と人をつなげるためにの役割の時もあれば、
最後を看取る役割の時もありました。
何かをしてやるなんて、おこがましいことは思っていません。
私にも必要な出会いだから、私に対してのその人の役割でもあると思います。
いや、私ではなくkanaの役割かしら?

発病してから、あっという間に天使になっちゃったIちゃん。
どうか、どうか安らかに。
ママとパパ、お姉ちゃん達の悲しい時、つらい時には助けてあげてください。
ご冥福をお祈りします。

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【2008/04/26】 いろいろ | トラックバック(-) | コメントを書く(2) |
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コメント
私もkinuさんの意見に共感します。人と人の出会いは、そうゆうものですよね、特に私もnanaを通して出会う人たちには、そんな思いをいつも感じてました。
 きっと赤ちゃんのママさん、kinuさんと話が出来たことで、少しでも気持ちが楽になったんじゃないかな〜。nanaが同じ頃ICUにいたから、なんだか気持ちが重なってしまい、心が痛いです・・・・。
【2008/05/01 15:58】 URL | nanamama #-[ 編集]
■nanamamaさんへ。
kanaが生まれた時には、
kanaが病気を持って生まれた意味が何かを知りたくて仕方なかったけれど、
それが今は、kanaが持つ役割と、kanaといる私の役割ってなんだろうということを
考えるようになりました。
いわゆる人と違う生き方というものにはやっぱり意味があるんだと思うから、
その与えられた意味に適う生き方をしたいなと思います。
とても難しいことだと思うけど。
あのママさん一家はどんな今を過ごしているんでしょうね。
【2008/05/04 13:33】 URL | kinu #-[ 編集]
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